短期間でバイエルンを変革させたグアルディオラ監督。バイエルンとバルセロナの長所が見事に融合。“楽しい”という価値観を持ち込み、“勝利すること”が何よりも重視されるドイツのメンタリティーに新たな刺激を与えている。
◇データにも如実に表れるペップ・バイエルンの変化
2012-13シーズンにトレブル(三冠)を果たしたバイエルン・ミュンヘンは、ペップ・グアルディオラの哲学と共に、ゼロからの再出発を果たした。その変化はデータにも如実に表れている。
今季のブンデスリーガ前半戦を終了した時点で、バイエルンの平均ポゼッション率は71.1%。昨季のハインケスが指揮したバイエルンも、高いポゼッション率を記録したが、シーズン平均は63.6%。今季のバイエルンはそれを遥かに上回る数字をたたき出している。
さらにボールタッチのゾーン別統計をみると、昨季、アタッキングサードにおけるボールタッチは全体の32%、ミドルサードで46%、ディフェンディングサードで23%を記録。一方、今季はアタッキングサードが38%、ミドルサードが40%、ディフェンディングサードが22%と、アタッキングサードにおけるボールタッチ率が増加した。
つまり、ペップが指揮するチームは単純にボールを保持する時間が長くなっただけでなく、そのプレーエリアがより相手ゴールに近づいていることがわかる。
そしてもう一つの重要なポイントは、カウンターアタックの減少だ。昨季は全98ゴールのうち、9ゴールがカウンターアタックから生まれた。しかし、今季は前半戦の42ゴールのうち、カウンターから生まれた得点はわずか1ゴールしかない。
マイボールを大事にする今季のバイエルンは、ほとんどの攻撃において必ず中盤を経由し、ゆっくりと相手ゴールに迫っていく。縦の速さを重視しないため、必然的にカウンターアタックや速攻を仕掛ける回数自体が大きく減少した。
ポゼッション率の高さ、アタッキングサードでのプレー率の高さ、そしてカウンター回数の減少。これはペップが指揮したバルセロナの特徴にもよく似ている。◇「ボールに触ることが“楽しい”」。ペップの哲学とは?
ペップの哲学は明確だ。普段はメディアの単独インタビューを受けないペップだが、唯一、バイエルン・マガジンには例外的に応じ、次のような言葉を述べている。
「はっきりしているのは、私が監督を務めるクラブでは、常にボールを保持したいということです。どうして私がサッカー選手になったと思いますか? ボールを使ってプレーするためです。監督として、私はそのためだけにトレーニングのすべてを構築します。
私が確信しているのは、サッカー選手は“ボールがうまく回っている”という実感があれば、24時間、疲れることなく走り続けられるということ。そういうときは、選手にとってプレーそのものが楽しいからです」
バイエルンは、昨季のすべての栄冠を手にしたチャンピオンである。うまくいっているものを変革するのは、ある意味ではどん底のチームを復活させること以上に難しい。
しかし、ペップは「ボールを使ってプレーするために、サッカー選手になった。ボールに触ることが“楽しい”」というサッカー少年のようなピュアな価値観を持ち込み、局面に“勝利すること”が何よりも重視されるドイツのメンタリティーに、新たな刺激を与えている。
タイトル以上に追い求めるものがある。ファンを楽しませ、そして、自らがサッカー選手であることを楽しむ。王者バイエルンに、自らの哲学を納得させるという、最初の試練をペップはクリアした。それは何よりも試合内容が証明している。◇SBの役割に特徴。バルセロナ時代とは異なるオーガナイズ
ペップ・バイエルンにおける最重要プレーヤー。それは言うまでもなく、今季、右サイドバック(SB)からアンカーにコンバートされたフィリップ・ラームだろう。ペップが「過去に指揮した選手の中で最も頭が良い」と語るバイエルンのキャプテンは、昨年、新監督就任のニュースを知らされたとき、次のようにメディアに語っている。
「おそらく僕たちはバルセロナのスタイルを真似することはできない。幼い頃からずっと同じスタイルを貫いてきた彼らと同じようにプレーするのは不可能に近いからだ。ペップには、バルセロナとバイエルンの両方の長所を融合させながらチームを作ってほしい」
先見の明と言うべきか、現在のバイエルンは、まさにラームの言葉に沿った道を歩んでいる。すなわち、常にボールに触りながらプレーを楽しむというバルセロナの哲学が浸透しつつも、細部に目を移せば、バルセロナ時代とは異なるオーガナイズがハッキリと見られるのだ。
最も特徴的な変化が訪れたのは、SBの仕事だろう。ウイングのリベリーやアリエン・ロッベン、トーマス・ミュラーらがタッチライン際にスタートポジションを取ったとき、SBのラフィーニャとダビド・アラバは、彼らウイングの真後ろではなく、斜め後ろ、つまり中央寄りにポジションを取る。ボランチやインサイドハーフに近いポジショニングだ。
常にポゼッションを握る(ボールに触り続ける)という哲学を実践するために、焦点となるのは、“いかに中盤に人を足し、数的優位を作るか”だ。
バルセロナでは両ウイングが高い位置を取り、相手ディフェンスラインに睨みを利かせて釘付けにした状態で、センターFWのメッシが最前線から下がり、メッシを中盤に足して数的優位を作るメカニズムを組み上げた。◇メッシが『偽の9番』ならば、ラフィーニャやアラバは『偽の2番』『偽の5番』
ところがバイエルンでは、同様の方法をとっていない。正統的なセンターフォワードのマンジュキッチは中盤には参加せず、そのまま最前線の高いポジションを取る。そして前述したようにSBが中央寄りにウイングをサポートし、MFのようにパスを散らす仕事を果たす。
もしくは、ウイングのリベリーやロッベンが中央に入って数的優位を作ることもあるが、その場合はSBがタッチライン際にポジションを取って攻撃の幅を作る。
つまり、いずれにしろ中盤に人を足すためのオーガナイズは、バルセロナでは中央のセンターフォワードの縦スライド、バイエルンではサイドプレーヤーの横スライドという相違点が発生している。
バルセロナのメッシが『偽の9番』ならば、バイエルンにおけるラフィーニャやアラバは『偽の2番』『偽の5番』と呼ぶことができるかもしれない。彼らはSB=タッチライン際の上下動、という従来の常識に当てはまらないポジションを取っている。
アンカーで起用されているラームを含めれば、ペップが指揮するチームでは、3人のSBが中盤的に起用されていることになる。
では、なぜこのようなオーガナイズになったのか? それはアタッキングサードにおける両チーム本来の攻撃パターンから逆算された結果と言えるだろう。
ハインケス時代のバイエルンの攻撃エリアは、左サイド35%、中央26%、右サイド39%。すなわちチームの攻撃の中心は両サイドにあり、リベリーやロッベン(ミュラー)、アラバ、ラームなどチーム内での攻撃力が突出した選手がサイドでプレーしていた。
また、得点パターンに関しては、サイドからのクロスやセットプレー、あるいはカウンターの割合が多く、いかにもドイツサッカーらしい特徴を備えていた。唯一、カウンターの減少を除けば、ペップが指揮する今季のバイエルンも基本的な得点パターンに変化はない。◇バイエルンとバルセロナの長所を融合させたペップ
他方、バルセロナの場合は左サイド、中央、右サイドの攻撃バランスは、約33%ずつでほぼ均等。メッシ、イニエスタ、シャビ、ブスケッツなどチームで最も高いスキルを持つ選手は中央でプレーし、サイドからのクロスやセットプレーよりも、スルーパスなどの中央突破でゴールする割合のほうが多い。
アタッキングサードは多くの場合で数的不利を強いられ、スペースも削られる厳しいエリアだ。打開するには個人のストロングポイントを出していく必要があり、このようなフィニッシュパターンは選手そのものを入れ替えない限り、大きく変えることは難しい。
マンジュキッチの正統派センターFWとしての得点力、そしてリベリーやロッベンのサイド突破力といった長所を殺さずにそのまま残し、中盤に人を足すオーガナイズについては、ハインケス時代のサイド攻撃を支えた両SBのポゼッションスキルの高さを生かす。
おそらくペップのアイデアの中には、ゲッツェやミュラーをメッシに見立てたゼロトップをそのまま適用するプランもあったはず。しかし、それはあまり採用せず、「バイエルンとバルセロナの長所を融合させる」という最大公約数を取った。それが現在のバイエルンと言える。
今季のチャンピオンズリーグ(CL)において、バルセロナはベスト8で敗退してしまったため、バイエルンの対戦は実現しなかった。しかし、常に欧州王者を狙う両者だけに、来シーズンに激突する可能性は十分にあるだろう。そして、それが実現すれば世界中が注目するはずだ。
ブンデスリーガ前半戦で71.1%のポゼッション率を記録したバイエルンは、リーガ前半戦で66.9%を記録したバルセロナを上回り、欧州主要リーグで最も高いポゼッション率を誇るチームとなった。
もちろん、これには対戦相手の影響もある。CLでは両チーム共に約63%で並んでいることを考えれば、ポゼッション率はほぼ同等と考えても良い。◇興味深い、ティキ・タカ対戦。来季のバイエルン対バルサに期待
興味深いのは、お互いのフィニッシュブローだ。バイエルンが得意とするクロスやセットプレー、すなわち昨季の長所を引き継いだフィニッシュブローは、小兵が多いバルセロナの急所を突く。
その一方、ネイマールを加えた今季のバルセロナは、カウンターアタックの割合が増加。昨季のバルセロナは全115ゴールのうちカウンターから生まれた得点が4ゴールに留まったが、今季は前半戦の54ゴールのうち、すでに7ゴールがカウンターから生まれている。
来季、マルティーノ体制が継続されるかは不透明だ。しかし、今後対戦する機会が訪れた時には、マルティーノ体制によって少しの変化が生まれたバルセロナの速攻が、バイエルンのDF陣を苦しめる可能性は高い。すなわち、この対戦において、お互いの長所はそのまま相手の弱点となる。興味深い、ティキ・タカ対戦だ。
いずれにせよ今季、この短い期間でペップがバイエルンの変革をここまでスムーズに進めたことには驚きを禁じ得ない。ドイツサッカーとバルセロナ哲学。まるで水と油のようにも思える取り合わせが、見事な融合を果たした。
しかし、ペップは、現状維持を好まない監督でもある。一旦、形が出来上がったチームにも、改革の手を加えることを止めないだろう。来季以降も目を離すことができない。
via http://www.footballchannel.jp/2014/04/28/post38273/
◇「グアルディオラについてあなたが知らないかもしれない6つのこと」
http://qoly.jp/2016/02/07/6-things-about-pep-guardiola