「ポジショナルプレーという単語を最近よく聞くんですが、あれは一体何物ですか? 記事や本を読んでも、今ひとつわからなくて……」
最近、こんな質問を受けることが多い。
たしかに「ポジショナルプレー」というフレーズは、難解に響く。考え方自体は昔から存在していたが、日本では使われてこなかったし、「戦術」や「ポジショニング」との違いもわかりにくい。
ポジショナルプレーとは何か。
自分なりに定義すれば、「攻守を問わずにピッチ上で優位性を創りだすために、戦術システムと選手の配置、組み合わせ方を考えた上で、監督が選手たちに実践させるプレーや細かなポジション取り、基本的なノウハウの集合体」となる。
さらに補足するなら「監督が自らの理念に基づいて」という前書きや、「これまでの戦術的なアプローチが、さらに進化し、精緻化されたもの」と締めくくってもいい。
もちろんこれはあくまでも総論だし、まだイメージがつかみにくいと感じられる方もいると思う。
ならば、次のような説明ではいかがだろう?

「ピッチ上のどこにボールがあるかを踏まえて、選手たちが正しいポジショニングをしていこうとする考え方。これを実践してシステムを機能させるためには、ディシプリンと思考能力の速さが必要になる」
■グアルディオラに直接聞いてみた。
ちなみにこれは、ペップ・グアルディオラによる最新の定義だ。
今回、私はイングランドの同僚、『サンデー・ミラー』紙で健筆を振るうサイモン・マロックに取材協力を依頼。2月9日に行われた記者会見の最後に、ペップ本人に解説してもらうことに成功した。
ペップが平易な言葉で解説してくれたのは、質問自体がきわめてストレートな内容だったことも幸いしたに違いない。こちらが投げかけた最初の問いは、以下のようなものだ。
――ポジショナルプレーとは、一体どのようなものなのでしょう? あなたは、どう定義されますか?
それに対する回答が、上述の定義だったのだ。
「ポジショナルプレー」はもともと、チェスの世界で知られるようになった概念だ。
伝説的なプレイヤー、アロン・ニムゾヴィッチの『マイ・システム』は、ポジショナルプレーを解説した古典として名高い。
ボードゲームに詳しく、サッカーもお好きな方の中には、「チェスや将棋で言うところの駒の動かし方」、「短期的な駒を取った取られたではなく、盤上のどのエリアをどうやって支配して、長期的にチェックメイトや王手まで持っていくかというセオリーの話だな」とピンと来られた方も多いのではいか。
■ペップに影響を与えた戦術家たち。
「ポジショナルプレー」という概念は、実はサッカー界でも決して目新しいものではない。「Juego de Posicion」というスペイン語そのものは以前から存在していたし、ポジショニングという観点でサッカーを進化させてきた戦術家としては、クライフやファンハール、アリゴ・サッキ、ビエルサなどの名前が挙げられるケースも多い。
クライフが4-3-3にこだわる理由として、ピッチ上にダイヤモンド(パスコース)を最も多く描けることを指摘したのは有名だし、ファンハールは同じ発想で、各選手がケアすべき「勢力圏」という概念を精緻化し、ボールを奪われた際には、すぐにボールを奪い返せるようにする必要性を説いた。この発想は後に、ペップの「5秒ルール」に昇華していく。
一方アリゴ・サッキは、イタリア伝統のカテナチオやマンツーマンに依存するのではなく、4-4-2をベースにゾーンディフェンスとプレッシングを組み合わせることを試みた。DFからFWまでの距離を30メートルに保ちつつ、選手同士の横方向の動きもシンクロさせるために、ピッチ上を24分割して徹底的にポジショニングを意識させている。
ポジショナルプレーに関する議論では、「5レーン」という単語も登場するが、これはサッキが正方形で区切ったブロックを、ピッチの縦方向に5分割し、選手のポジショニングやサポートのしかたを、さらに細かく規定したアプローチだと考えればわかりやすい。
そして日本でも信奉者の多いビエルサ。「エル・ロコ(変人)」の異名をとる戦術家は、ピッチ上に描かれる布陣と試合の“棋譜”をひたすら研究し続けた末に、こう断言する。
「サッカーには125のパターンしかない」
彼もグアルディオラに多大な影響を与えた人物だった。
■ポジショナルプレー=ポゼッションではない。
これほど長い伝統がありながら、「ポジショナルプレー」という単語が近年注目を浴びるようになったのは、やはりペップによるところが大きい。
特にバルサの監督時代、ボールポゼッションが7割から8割を超え、6冠を達成してからは、どうすればあんなサッカーができるようになるのかと、誰もが秘密を探ろうとした。
ただし、ポジショナルプレー=ボールポゼッションを高めるノウハウ、ではない。
ポジショナルプレーとは、ピッチ上で優位性を確保し、敵のストロングポイントを打ち消し、勝利を手にしていくためのノウハウにすぎないし、監督が目指すサッカーやチーム事情(選手の特徴)、採用する戦術システム、対戦相手によって求められるプレーは当然異なってくる。
■ペップ「攻撃している時も、守っている時も」
言葉を換えればポジショナルプレーとは、特定の戦術を指すのではなく、戦術を根底で支えるポジショニングといった意味合いに近い。だからこそペップが率いるチームは、ポジショナルプレーを基盤に、さまざまなシステムを使いこなせるのである。
またポジショナルプレーは、守備でも攻撃でも必要になる。現にペップは、最初の質問に対して、こう付け加えるのを忘れなかった。
「ポジショナルプレーという発想は、自分たちがボールを持って攻撃している時でも、逆に相手に攻撃されている時でも当てはまる。
ポゼッションを失った時には、選手たちはすぐにボールを奪いかえすために、正しいポジションを取らなければならない。すぐにボールを奪い返せない場合には、カウンターアタックを受けないために、やはり正しい位置につく必要がある」
ペップのコメントは、守備か攻撃かという発想自体が時代遅れになりつつあることを示している。
守備と攻撃を表裏で捉えるアプローチは2002年頃から顕著になり、コレクティブ・カウンターや5秒ルール、ゲーゲンプレスなど、様々な形を取って進化してきた。
これに伴って、ポジショナルプレーの方法論も、守備でも攻撃でも優位性を確保するものに進化し、さらに精緻化されてきた。
■ピッチ上にある3つの「優位性」。
ちなみにポジショナルプレーの議論では、ピッチ上には3種類の「優位性」があるとされる。
いわゆる「数的な優位」、「質的な優位:選手のクオリティがもたらすアドバンテージ」、そして「位置的な優位性:ポジショニングの組み合わせがもたらす効果」だ。
この点については、他の日本人ジャーナリストの方々がすでに解説されているので、細かな説明を繰り返すのは避けようと思う。かわりに今回は、3種類の優位性にまつわる「トリック」について触れてみたい。
ポジショナルプレーに関しては、欧米でも多くの指導者が解説を試みてきた。スコットランド出身のキーラン・スミスもその1人である。彼は精力的に情報を発信し、ポジショナルプレーの有用性を説いてきた。
■数的不利でも、ポジショニングで覆せる。
たとえば来月末には、ジョシュ・ファガという人物による『サッカー指導の真の巨人たち』という書籍が欧米で発表される。この本では、1つの章をポジショナルプレーに割いて、キーランの理論を説明している。
そこで紹介されているキーランの指摘は示唆に富む。
「数的に不利な状況でも、ポジショニングによって優位性を作り出すことはできる」
ポジショナルプレーで得られる3つの優位性は、すべてが同じ価値をもっているわけでない。むしろ2番目の要素と3番目の要素、質的な優位性と位置的な優位性の組み合わせによって、数的優位さえ覆していくことができる。
これこそが、ポジショナルプレーがもたらす最大のメリットの1つだろう。ピッチ上のさまざまな場所で自由に優位性を確保しながら、ゲームをダイナミックに動かしていくことができるようになるからだ。
このようなケースの一例として、キーラン・スミスはマンチェスター・シティのアグエロのプレーを挙げている。事実、アグエロは効果的なポジション取りによって、ゴール前の数的に不利な状況を覆していくことができる。
ただし私が思い出したのは、ゼロトップ時代のバルサだった。
メッシはゴール前での駆け引きどころか、ゴール前そのものをがら空きにする「ゼロトップ」のプレーによって、中盤でもサイドでも、そして最終的にはゴール前でも、決定的に有利な状況を創り出していたはずだ。
■ペップの口からもメッシの名前が。
この推論は、あながち間違っていなかったらしい。2月9日の記者会見、こちらが投げかけた2番目の質問に対しては、ペップは自らメッシの名前を口にして解説してくれた。
――ポジショナルプレーは、伝統的な戦術システムや、戦術的フォーメーションといかに違うのでしょう? これまでの常識を覆す革命的なものなのでしょうか、それともあなたがバルサで学び、さらに監督として実践した方法論を発展させたものなのでしょうか?
「ポジショナルプレーが従来の戦術と唯一違うのは、ほとんどのチームよりも、もっとフレキシブルなプレーをするようになることだと思う。
バルサの場合、それは簡単だった。クライフが導入したユースチームのシステムで育ってきた選手が多かったし、僕たちにはメッシがいた。メッシがいると、ありとあらゆることが楽になる」
■組織サッカーをきわめて、フリーマンを作る。
ポジショナルプレーはあくまでも組織的なアプローチであり、ディシプリンを徹底すればするほど、うまく機能するようになる。
ただしペップの発言は、彼がメッシのようなフリーマンをピッチ上に作り出そうとしてきたことを物語る。いささか形容矛盾のようになるが、組織サッカーをきわめることによって、組織をポジティブな方向で壊せる選手を登場させようとしてきたと言ってもいい。その試みが結実したのが、自らがバルサを率いていた頃のメッシのプレーだったのである。
ペップ曰く。
「ポジショナルプレーという考え方は、硬直した方法でプレーする発想のように聞こえるだろうが、実際には選手がピッチ上の異なる場所に移動する自由を与えてくれる。敵をピッチ上の(狙った)エリアに誘導していき、自分たちがスペースを活用できるようにするための発想にもなっている」
■メッシがいないチームでペップがしたこと。
組織の完成度を上げつつ、いかに組織の枠にとらわれない人材を育むか。ペップはバルサやメッシと袂を分かった後も、この難しいテーマに取り組み続けてきた。
バイエルンを率いていた頃も、シティを指揮するようになった現在も、ペップが率いるチームは最も戦術的なプレーをすると同時に、最もフレキシブルな対応をする集団となってきた。
それどころか、バイエルンやシティにはメッシのような選手がいない分だけ、フレキシブルな状況を生み出すためのノウハウは、さらに研ぎ澄まされてきた印象さえ受ける。
たとえば昨シーズンのシティは3-2-2-3のW-Mシステムで臨んだことも多かったが、このシステムは試合中、意図的に2バックにも4バックにも変化した。それに応じて選手も、ポジショニングと役回りを順次切り替えている。MFのフェルナンジーニョなどは、驚くほどマルチな仕事をこなせる選手に成長した。
その意味でポジショナルプレーとは、決して監督が1人で導入できるようなアイディアではない。
もちろん駒の配置を決めていくのは監督だが、チェスと違って常に駒を直接動かし続けられるわけではない。一旦ホイッスルが吹かれれば、ゲームは選手に託される。
だからこそポジショナルプレーを実践する際には、選手の戦術理解度と判断力、そしてチーム全体の練度も大きく問われてくる。
■チームが苦しい時もフィロソフィーを。
ペップは先月のリバプール戦の後、こんな発言もしている。
「どんな監督にとっても、一番難しいのは自分がやろうとしていることを選手たちに納得させることだ。納得させやすい選手もいれば、そうではない選手もいるし、試合に勝てなければ、選手たちはシステムが機能していないのではないかと不安になる。だからチームが苦しい状況にある時でも、フィロソフィーを堅持しなければならない。
どんな戦術的なシステムでも、機能させるためには時間とコミットメントが必要になる。だからこそグラウンドでのトレーニングの時間は本当に貴重なものになる。選手たちはシステムを習得すればするほど、システムを信頼し、もっと自然にシステムを機能させることができるようになっていく」
■複雑ではないが、精緻な考え方。
ポジショナルプレーという考え方は、決して複雑ではないが実に精緻で、現代サッカー論の到達点の1つになっている。
また監督の分析能力やビジョンだけでなく、選手の育成や戦術的な理解度、チームづくりの在り方といったテーマにまで深く関わる奥深いものだ。
建設的な議論を、誰にでもわかりやすい形で広く展開していければ、日本サッカー界全体の底上げにつながるのは間違いない。サッカーについて語ったり、考えたりする作業も、もっと楽しくて味わいのあるものになる。ポジショナルプレーとは、僕たちサッカーファンのポジショニング(サッカーを見る際の立ち位置)も磨いてくれる、素敵なマテリアルなのである。
via http://number.bunshun.jp/articles/-/829947